核物質防護の概要
1.核物質防護の出現
1960年代から、米国内をはじめ国際的な規模のテロリズムが頻発し、原子力施設に対する妨害破壊行為や核物質の紛失、盗取や襲撃の発生が危惧されるようになった。このような中、米国はテロリズムによる核不拡散の危険性、公衆の安全、国家の安全保障を考慮し、核物質の防護対策に乗り出した。1969年4月に核物質防護に関する米国原子力規則“NRC 10CFR Part 73”を定めた。その対策は「核物質の盗取の防護」に限られていたが、1972年には、「妨害破壊行為に対する防護」が追加され、1973年には、全面的に強化され米国の核物質防護対策が本格化した。
IAEAは米国に若干遅れて、核物質防護に取り組むことになった(核物質防護ガイドラインの作成など)。
2.核物質防護とは
「核物質防護(PP:Physical Protection of Nuclear Material and Nuclear Facility)」とは、IAEAが1977年6月に公表した核物質に関するガイドライン(勧告)(INFCIRC/225/Rev.1)によると、「核物質の盗取または不法移転および個人または集団による原子力施設の妨害行為に対する防護」と示されている
核物質防護は、以下の①~③の対策を基本とし、④~⑥まで及ぶものとされている。
- ① 核物質の盗取などの不法な移転を防止すること(核不拡散)
- ② 妨害破壊行為を防止すること(放射線安全)
- ③ 不法な移転または妨害破壊行為の発生する恐れがある場合や発生した場合には、迅速な対応措置を講じること
- ④ 原子力施設内の核物質をテロリスト等による盗取などの不法移転から守るための対策および万一の場合の回収措置
- ⑤ 原子力の妨害破壊行為による環境や公衆への放射能、放射線災害から防護する対策および万一の場合の事故拡大防止措置
- ⑥ 輸送中の核物質の盗取などの不法移転、妨害破壊行為から防護するための対策および万一の場合の回収措置および事故拡大防止措置
3.IAEA勧告(核物質防護ガイドライン)
米国は、1969年4月に核物質防護に関する米国原子力規制委員会規則を定めた。やや遅れて、同年12月に開催されたIAEA主催のパネルから「IAEAも核物質防護について何らかの措置を取るべきだ」との結論が導かれ、IAEAも核物質防護に取り組むことになった。IAEAによる核物質防護ガイドライン(INFCIRC/225)が1975年9月に作成された。その後5回の改訂が行われ、現在INFCIRC/225/Rev.5(全文は原子力規制庁のホームページを参照ください)となっている。
核物質防護ガイドラインの改訂経緯と主な内容
|
時期 |
文書番号 |
主な改訂内容 |
1 |
1975年 9月 |
INFCIRC/225 |
作成 |
2 |
1976年 1月 |
INFCIRC/225(Corrected) |
修正 |
3 |
1977年 6月 |
INFCIRC/225/Rev.1 |
・核物質の区分表の見直し |
4 |
1989年12月 |
INFCIRC/225/Rev.2 |
・原子力施設の防護
・品質保証
・核物質防護条約に関する条項 |
5 |
1993年 9月 |
INFCIRC/225/Rev.3 |
・核物質防護の除外物
「高レベルガラス固化体」
・輸送情報の管理
・核物質防護区分表として核物質防護条約の区分表を採用 |
6 |
1999年 6月 |
INFCIRC/225/Rev.4 |
・表題の変更
・国が設計基礎脅威を事業者に提示
・妨害破壊行為の章を新設
・区分Ⅱ、Ⅲの施設に中央警報ステーションの設置 |
7 |
2011年 1月 |
INFCIRC/225/Rev.5 |
・空からの侵入や遠隔地からの攻撃方法の想定
・内部脅威者の想定
・立入制限区域の設定
・性能試験の実施
・核セキュリティ文化の醸成 |
4.原子力供給国グループにおける核物質防護に関する概要
(1) 原子力供給国グループ(NSG)
原子力供給国グループ(NSG:Nuclear Suppliers Group)は、1974年のインドの核実験(IAEA保障措置下にあるカナダ製研究用原子炉から得た使用済燃料を再処理して得たプルトニウムを使用)を契機に、1975年4月に米、ソ、英、仏、西独、加、日の7か国がロンドンで初の協議を行い、その後8か国(※2)が加わり協議が行われ、1978年1月には、協議の結果として、原子力輸出に適用されるロンドン・ガイドラインを公表した(後に「NSGガイドライン」と称されるようになった)。NSG参加国は、2013年5月現在、48か国となり現在に至っている。
※2:ベルギー、イタリア、オランダ、スウェーデン、スイス、チェコスロバキア、東ドイツ、ポーランド
(2) NSGガイドライン
NSGでは、「NSGガイドライン」(INFCIRC/254)と呼ばれる原子力関連資機材・技術の輸出国(Suppliers)が守るべき指針に基づいて輸出管理が実施される。本ガイドラインは国際条約ではないため、法的拘束力はない。
なお、本ガイドラインは、
- 原子力専用品・技術の移転に係るパート1
- 原子力関連汎用品・技術の移転に係るパート2
に分かれており、核物質防護についてはパート1に示されている。このパート1に示されている核物質防護措置が、我が国が締結している二国間原子力協力協定に反映されている。
なお、原子力供給国グループの詳細については、外務省のホームページをご参照ください。現状や過去の情報が詳細に分かります。
5.我が国が締結した二国間原子力協力協定に基づく核物質防護規制
我が国は、原子力の平和利用を実施するために核物質や資機材を輸入するために米国、英国、仏国などの輸入相手国数か国との間でそれぞれ二国間原子力協定を締結している。これらの協定の中に、核物質防護措置のための条文や附属書には防護の水準が定められている。附属書の水準はNSGガイドラインとほぼ同じ内容となっている。
また、我が国は、原子力輸出のために輸出相手国との間で二国間原子力協力協定を締結し、上記と同様の核物質防護措置を求めている。
6.核物質防護条約について
6.1 核物質防護条約(1987年2月8日発効)
1987年1月、条約発効条件の21か国が批准し、同年2月8日に「核物質の防護に関する条約」(核物質防護条約)が発効した。日本の加入は1988年11月であった。2015年9月15日現在の締約国は、153か国である(各締約国の詳細については、IAEAのホームページを参照ください)。
条約の概要は以下のとおり。
(1) 国際輸送中の核物質の防護義務
- ①国際輸送中の核物質が、自国の領域内あるいは自国の管轄下の船舶や航空機にある場合、適切な防護措置を講じる。
- ②適切な防護措置が講じられていない場合、輸出入の許可、空港や海港への入港、陸地や水域の通過の許可をしない。
- ③国際的な水域または空間を通過して輸送される場合、適切な防護措置を国内法で講じる。
(2) 犯罪人処罰義務
- ①核物質を不正に利用し、生命などに危険を引き起こした場合、核物質による殺人や傷害を処罰することを国内法で講じる。
- ②①の犯罪は、犯罪人引渡条約上の引き渡されるべき犯罪である。
- ③引き渡しを行わない場合は、その国において刑事裁判権が成立するために必要な措置を講じる。
6.2 改正核物質防護条約(2016年5月8日発効)
条約改正について、IAEA加盟国の提案を受け、専門家会合が数回開催され、2004年5月に、条約第20条に基づいて日本を含む25か国が条約改正案をIAEAに提出した。翌年2005年4月の締約国会議の準備会合開催に引き続き、同年7月に88締約国および1国際機関(ユーラトム)が参加して条約改正のための締約国会議が開催され、核物質防護条約の改正が全会一致で採択された。改正条約の発効には、現核物質防護条約の締約国(※3)の3分の2が必要である。
2016年4月8日、「核物質の防護に関する条約の改正」は,締約国数が条約の発効要件である102か国に達したため、条約の規定に基づき,同日の後30日目の日となる5月8日に発効した。
(※3):153か国(日本は2014年6月に締結)。
改正条約の主要な改正概要は以下のとおり。
- ①適用範囲が原子力施設への妨害破壊行為まで防護する。そのため、「核物質の防護に関する条約」から「核物質および原子力施設の防護に関する条約」と名称が変更された。
- ②従来の条約は、国際輸送中の核物質の防護措置を規定していたが、改正条約では、平和目的のための核物質の使用、貯蔵および輸送、さらに原子力施設まで防護措置の範囲を広げた。
- ③防護の目的と基本原則が規定された。基本原則には、国と事業者の役割分担および設計基礎脅威などの考え方が盛り込まれた。
- ④従来の犯罪の規定に加えて、核物質の不法な輸出および輸入、原子力施設の運転を妨害する活動(放射性物質を放出することにより人に重大な傷害を与えるまたは死亡させる、あるいは環境や財産に損害を与えるか与える恐れのある活動)が犯罪行為に追加された。